英語学習履歴

大学時代から新入社員時代

大学時代から新入社員時代

大学時代:初めての英会話レッスン

浪人して予備校にも通い、模試では合格可能性80%と出ていましたが、文京区の大学には受からず、新宿区の大学に行くことになりました。しばらくしてバブルに突入していくのですが、当時は、勉強よりも遊びやバイトに精を出す学生が多くいました。就職を心配する必要がなく、大学生にとっては天国のような時代だったかもしれません。

大学入学後は、そのような時代の雰囲気にのまれて学校の勉強はほとんどしませんでした。田舎育ちのコンプレックスから、都会の学生に追いつこうとサークル、合コン、ダンパ、バイトにのめりこんでいきました。そんな生活を送っていたので英語の勉強も特にしませんでした。

3年生ぐらいで、近い将来海外で働くことや留学することを考えるようになり、その準備段階として実践的な会話を身につけようと思うようになりました。

そこで比較的価格の安いネイティブスピーカーによるグループレッスンのクラスに週一で通うようになりました。実質ネイティブスピーカーと話す最初の体験でした。

それまで話す練習をほとんどしてこなかったため、英語がまったくといっていいほど口から出てきませんでした。また滑らかさもなく、途切れ途切れのたどたどしい英語でした。受験では、まあまあの偏差値を取っていたにもかかわらず、話す、聞くに関してはまったくといっていいほど通用しなかったです。

落胆はしたのですが、差し迫ったものはなく、どのように改善するかを探して実践するわけでもなく、就職活動が本格化する前ぐらいまで惰性的に通うだけでした。

こんなわけで大学の4年間での英語力の上乗せはなく、むしろ大学受験時より下がっていたと思います。

大手メーカーでの新入社員時代:初の海外出張

大学卒業後、大手電機メーカーに就職しました。

新入社員研修中に受けた初めてのTOEIC IP試験で600点。当時、大卒新入社員のTOEICの平均点が450点ぐらいといわれていたので悪くはないスコアでした。ただ、大阪で一緒に新入社員研修を受けた同じグループの同期がTOEIC960点を取ったと聞いてやや焦りましたが、彼は留学経験もあるということでその差は仕方ないと納得していました。

新入社員研修後、海外出張が多い部門(海外工場の生産設備を管理するなど)に配属になり、2年目に入ってから海外工場のあるアメリカへ2回、イギリスへ2回出張することができました。同期の中で最初の海外出張に行かせてもらえてかなりうれしかった記憶があります。

出張の目的は新たな生産設備の導入業務で、設備の設置から安定的に生産ができるようになるための調整業務、現地スタッフの指導などを含めて、1回の出張あたり1ヶ月とやや長期の出張になりました。

湾岸戦争のときはちょうどアメリカにいて、帰国禁止令が出たため、アメリカで特に差し迫った仕事もなくのんびり過ごしてきました。

さて、英語の方に話を戻します。当時は、流暢さからは程遠いですが、限られた業務上の単語を使ってコミュニケーションをとることはどうにかできていました。最初の出張時点での英語力でどの程度コミュニケーションが取れたかを箇条書きにしてみます。

・業務上使う英語は、単語・話題が限られていたので、身振りなども交えながら、何とか伝えることができた。また相手の言っていることも、わからなければゆっくり話してもらうことや聞き返すことで理解できた。

・業務から離れた話題で、少し複雑な話、文化に関する話(例えば、どうして日本人は●●する傾向があるかを説明する場合など)をしようとすると、どう表現してよいかわからず、会話が尻すぼみになっていた。

・相手も日系の会社で働いていて、日本人とコミュニケーションするのに慣れていたので通じやすかったと思われる。

TOEICのレベルでいえば、Cレベル「限定された範囲内では業務上のコミュニケーションができる」状態で、今から思えばスコアとレベルは一致していたようです。

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