私の英語学習履歴

アメリカ留学時代

アメリカ留学時代

アメリカに行けば英語がペラペラ話せるようになるという、今にして思えばまったく根拠のない期待を抱いていました。

まず授業についていけない。先生の言っていることがわからない。授業によっては、10%以下しか理解できないものありました。

最初は積極的にアメリカ人や他の国から来ている人に声をかけて話す試みをしました。しかし、相手の言っていることが理解できず、もう一度言ってくれと何度も聞いているうちに会話が気まずくなり、自信をだんだん失い、話す機会も減っていきました。

日本人の同級生の中でもリスニング力はかなり劣っていると感じていました。話すほうは下手なりに自分のペースでできますが、リスニングに関しては相手のペースなので、それについていかなければなりません。

何かしなければと思い、寮のルームメイトだった台湾人から紹介された、いわゆる字幕が出る機能付き(クローズドキャプション closed captioning)のテレビを買ってみました。CNNなどのニュース番組を字幕の助けを借りながら、ひたすらみることで打開を図ろうと考えました。

しかし、理解していないものをどれだけ聞いても即効性はありませんでした。字幕の文字を追っていくと、聞く方に集中できずと空回りのトレーニングになってしまいました。

問題は聞く、話すだけではありませんでした。教科書の読む量も日本にいた時と比べて半端なく多く、1日に数十ページを読まなければなりません。おそらく日本語であればまったく苦にならない分量でも、英語になると途端に読むスピードと理解力が落ちました。

そもそも日本にいたときは、1日にせいぜい数ページの英文を、時間をかけて読む程度で、試験対策以外で多読の練習をまったくしてこなかったので読めないのは当然なのですが。

最初は返り読みをしてところどころ日本語に訳したものを教科書に書き込んで理解しようとしていましたが、まったく追いつきませんでした。そこで、日本語訳はやめて、頭から英語の語順で読んで理解するように移行していきました。まとまった意味の箇所にはスラッシュを記入し(*スラッシュリーディングと呼ばれているものに近いと思います)、かたまりで理解していくようなやりかたです。

あるクラスの最初のテストでは、人生で初めてクラスで最低点を取ってしまいました。英語ができるようになるという自信がなく、正直なところ1か月ぐらいで学校を休学して英語をやり直そうかと考えていたりもしていました。

英語では悪戦苦闘していましたが、しばらくするとあることに気づきました。自分の得意な統計といった科目だと自分より英語のできるアメリカ人よりテストの点数が格段に高いことがわかりました。数字の世界に入れば入るほど、そのロジックが重要で言葉のハンディキャップはあまり不利にはならないことがわかりました。

そのような状況の中、アメリカ人を含め他のクラスメイトの何人かが、宿題や課題の答え合わせをしに自分のところへ聞きにくるようになり、間違いやわからなかったところを教えました。この経験は、サバイバルしていく自信につながりました。大きな転機になりました。自分の存在意義を見出した感じです。

学業のほうも、乗り切るコツがつかめてきて、英語のハンディは相変わらずありましたが、切り抜けて単位を獲得していきました。

留学によって、英語力のどの部分が伸びるかは人それぞれだと思いますが、私の場合は、一番目に読む力(リーディング)、次に書く力(ライティング)が伸びたのではないかと思います。この2つは多くの課題をこなすことで、自然に身につきました。読む時間、次に書く時間が長かったので当然といえば当然ですが、時間をかけてやったものが結果的に伸びました。

聞く(リスニング)、話す(スピーキング)は、ある程度までは伸びましたが、ネイティブスピーカーと比べたら程遠く、また英語を第2言語として学んできた他のヨーロッパ系や南米、中東、アジアの人たちと比べてもかなり見劣りするという結果に終わりました。

卒業に当たっては、何年かアメリカにとどまって仕事をすることもできたかもしれませんが、日本に帰ることにしました。仕事をする上では、当時の英語力では大きなハンディキャップになると考えたのが一番の理由です。次いで、日本に帰った方が条件のいい仕事を見つけやすいこと。それに加えて日本食が恋しくなったのもありますが(笑)。

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